ジョアン・ルイス、ダーリーン・マヨ、カレン・ケリー、エミリー・マディクス、クローディア・マルガリータ・フォアレス・フォアレス、マドレーヌ・ラヴォワのシスター達がケベック市の教会を訪問
撮影: CND、2010年

ホーム > 会の歴史 > 追憶

シスター・アンナ斎藤

[1] [2]

追憶の記

シスターアンナ斉藤トミ子
コングレガシオン・ド・ノートルダム
(S.S.-Marie-Hostia)
1914年–2009年

1952年1月12日の誓願の際の
シスター・アナ斎藤

私が初めてコングレガシオン・ド・ノートルダム修道会
「日本のコングレガシオン・ド・ノートルダムの礎」であったシスターアンナ斎藤トミ子は、2009年1月31日午後5時50分蝋燭のともし火が燃え尽きるように、静かに御父の御許にかえりました。享年94歳6ケ月、初誓願宣立から63年に亘る修道生活でした。

帰天後彼女のごくわずかな遺品、書き残したもの、関わりのあった方々の言葉からシスター斎藤の辿った奉献生活の道のり、生き方など生前知りえなかったことに気付かされ、今新たな出会いが始まろうとしているかのようです。
7人兄弟の斎藤家の三女として海辺の町気仙沼に生まれ、子供の自由意志を大切に思う両親に育てられシスターは自立した闊達な女性に成長しました。それは、「信仰物語―コングレガシオン・ド・ノートルダムへの道」(本会の姉妹の信仰と召出しの物語を集録した冊子)から伺うことが出来ます。
「伯母の勧めで教会に行き始め、毎日学校帰りに弟と後先を争いながら教会に立ち寄りました。神様の話が大好きになり、30分位の話を夢中で聞き、朝晩の祈り、日曜日のミサも欠かさないようになりました。父母は子供達の自由意志を認め、良しと思うこと事はなんでも許しておりましたので、 何の支障もなく10歳でビヤニック神父様から洗礼の恵みをいただきました。ミサ後、皆を代表して聖母マリアに身を捧げる祈りを声高らかに祈ったのも思い出の一つです」と。
聖人伝に魅せられ「修道生活」に憧れて修道女になるという「夢」を持ち始めました。しかし、10歳で洗礼を許してくれた両親も入会を許可するということは容易ではなかったようです。彼女は次のように書いています。「修道院に入るのは、至難の業でした。先に姉が入会したのでもし、わたしも、となれば親子の縁を切るといわれました」
しかし、簡単にあきらめるシスター斎藤ではありませんでした。先ず、家を離れて生活することが夢の実現への第一歩と考えて、すでに聖母訪問会に入会していたお姉さんの助けもあってお父さんを説得し、カトリック八戸教会のイメルダ幼稚園に1937年4月から勤務するために家を離れることになりました。
コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会は1932年10月に来日し1935年5月に福島市花園町に修道院(現マルグリット・ブールジョワセンター)を建築し、教育活動を開始していました。1938年には、八戸に支部を設立したことで、シスター斎藤は本会を知ることになったのです。
修道生活に入るために幾多の困難を乗り越え、やっと入会となった頃、戦争の色濃い空気が日本中を覆い始めました。カナダ人のシスターには帰国命令が出され、いよいよ帰国の段になると、出航が無期延期となりました。 花園町修道院は国に摂収されていて戻れないために、すでに帰国を余儀なくされていた会津若松の「無原罪聖母宣教女会」の修道院で軟禁生活を送ることになりました

シスター斎藤は周囲から他の修道会に入るか、実家に帰るようにとの勧めを受けたにもかかわらず、日本人で最初の会員となったシスター笹森トメ、シスター尾形キミと共に会津若松に行き、食料品や日用品を調達するなどしてカナダ人の姉妹を助けました。

第二次世界大戦中の言葉では言い尽くせないさまざまな困難、終戦後の幾多の試練を乗り越えることが出来たのは、神のみ摂理への信頼とどんな時にも主から目を離すことなく歩み続けた信仰があったからではないかと思います。
彼女は生涯を通して教会を愛し、世界の動きに関心を持ち世界平和を祈り続けました。学校教育をはじめ生活のすべての関心は福音宣教でした。聖マルグリット・ブールジョワの言葉の中で最も好んでいたのが次の言葉であったこともそれをよく表しています。

「神は地の果てまで火を灯されるであろう」

趣味の域を超えた書道では、静かに筆を運ぶ姿が今も目に浮かびます。カトリック松木町教会の聖母マリアのご像の後ろにある屏風は故人の筆によるものです。晩年はそれまで培ってきたもの、宗教のクラスも書道も人々との関わりも、健康も気力も少しずつ神様にお返しして行くことを受け入れなければならない苦しみにも堪えながらも、時にはユーモアと茶目っ気を覗かせる姿を今も思い出しています。
神様はシスター斎藤の生い立ち、性格、興味、関心、歩んだ歴史、そして弱さをも通して偉大なことを成し遂げてくださいました。神の摂理への信頼と堅固な信仰・主への愛と人々への愛・福音宣教への熱意は私たちに残してくださった遺産です。
シスター斎藤は前述の「信仰物語」の最後を次のように結んでいます。「聖マルグリット・ブールジョワは、一度ご自分の娘として拾ってくださったわたしを最後までお放しにならないと信じます。聖女のお言葉どおりイエス・キリストの御血の滴りを集めに、宣教に一層の熱意を込めて、世界の果てまで主のみ名が知られ、主の愛の火が灯されることを希望して働き祈っています」と。
今、シスター斎藤トミ子は復活の命の終わりのない喜びのうちに今までのように私たちを心にかけ、御父に取り次ぐために一生懸命に働いていてくださると思います。

熱海 紀子 CND


 [次のページ]



関連項目

創立者マルグリット・ブールジョワ

ジャンヌ・ル・ベール ヴィル・マリーの天使